よくあるご質問|村松山 虚空蔵堂

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村松山 虚空蔵堂はどなたが建てられたのですか?

村松山虚空蔵堂は、平城天皇の勅額により、平安初期大同二年(807)弘法大師さまによって創建されました。本尊の虚空蔵菩薩は、弘法大師さまが鎮護国家、万民豊楽、平和祈願のために、一刀三礼の礼をつくしてお刻みになったものです。当山は平安末期より500年の間、領主佐竹氏の保護を受け、近世には徳川家康公より朱印五十石を寄進され、光圀公の庇護のもと栄えてきました。現在は真言宗豊山派に属し、伊勢の朝熊虚空蔵尊、会津の柳津虚空蔵尊とともに日本三体のひとつとして、厄払い・出世開運を祈願する多くの参拝者をお迎えしております。

ご本尊の虚空蔵菩薩について教えてください。

当山本尊の虚空蔵菩薩は古来より「十三詣りと云えば村松虚空蔵、村松虚空蔵と云えば十三詣り」と言われるほど全国から信仰を集めてきました。
生まれて最初の厄年に当たる13歳に参拝し、護摩祈願を修行して虚空蔵菩薩のご慈悲をいただき、災難を攘い、福徳知能を与えていただきます。日本国内に虚空蔵菩薩を祀る寺院は数多くありますが、村松山虚空蔵堂は伊勢の朝熊虚空蔵尊、会津の柳津虚空蔵尊とともに日本三体虚空蔵尊のひとつとされます。

弘法大師さまは、どのような方だったのでしょうか?

弘法大師さまは、宝亀5年(774)、讃岐の国(現在の四国香川県善通寺市)で誕生され、幼名を“真魚(まお)”と言います。 15歳で上京し、18 歳で最高学府の「大学」に入り学問に励みますが、立身出世のための勉学は理想とは異なり、大学を中退し仏道に進むことになります。
そして一人の沙門(しゃもん)から「虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)」を授かり、山岳修行を重ねました。その修行中、洞窟の中で悟りを開き、そのとき見えたのが海と空だけだったことから「空海」と名乗ったと伝えられています。

十三詣りとはどのようなことなのですか?

数え年の13歳は生まれ年の干支が初めて戻ってくる、いわば「十二支の還暦」に当たります。この歳は男女とも人生最初の厄年であり、同時に身も心も大人に生まれ変わる大切な年齢です。昔は13歳頃から心身ともに成人らしくなるということで、このとき初めて本断ちの着物を作ってもらい、女子は「本身祝い」、男子は「元服祝い」「若衆入り」をしました。十三詣りとは、その様な人生の大事な節目に福徳と知恵を備え持つ虚空蔵菩薩に“一代開運”を祈願する人生儀礼です。「知恵詣り」や「知恵貰い」などとも言われています。

」(タラク)とは何ですか?

梵字の「」(タラク)とは、この一字で当山の本尊である虚空蔵菩薩を表します。