村松虚空蔵尊だより
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2020年08月31日
こんにちは!茨城県の村松山虚空蔵堂です。
2020年、今年は新型コロナウイルスの流行で、感染対策や休業要請、在宅勤務や休校措置など多くの方が影響を受けていらっしゃると思います。
そのような中SNSで話題になり、新聞やテレビでも取り上げられた妖怪「アマビエ」。
なんとなく見たような気はするけれど、どんな妖怪なんだろう?
ご利益はあるの?なぜ新型コロナウイルスとともに流行ったの?
今回はそんな疑問にお答えします。
アマビエとは日本に伝わる妖怪で、長髪でくちばしがあり、うろこのついた身体から3本の足が生えた姿が特徴です。
その姿を写した絵には、疫病除けのご利益があるとされています。
アマビエは人々に未来の予測を告げる『予言獣』という妖怪に分類され、予言獣には他にも女性の顔に竜の体、剣の尾を持つ『神社姫(じんじゃひめ)』、人の顔を持つ牛『件(くだん)』などがいます。
実は、アマビエの記録として残っているのは京都大学附属図書館が所蔵する、江戸時代後期に制作されたとされる刷り物(かわら版)1枚のみ。
どんな歴史が秘められているか、とても気になりますよね。
次でさらに詳しく「アマビエ伝説」や、どう広まったかなど、アマビエの歴史についてご紹介します。
それではアマビエがどのように広まったのか、その歴史について確認していきましょう。
アマビエの姿には、なぜ疫病除けのご利益があると言われているのか?
その理由は、江戸時代後期に制作されたとされる「かわら版」に以下のように書かれています。
「弘化3年(1846年)、肥後(熊本県)の海中に毎夜のように光るものが現れるので、役人が見に行くとアマビエと名乗る怪物が現れた」
「『今年から6年間は豊作が続くが、病も流行するので自分の姿を写して人々に見せるように』と告げて海中に消えた」
このことから、アマビエの姿を描くことで疫病除けのご利益があると言われています。
なぜ人々はアマビエの姿を書き写してきたのでしょうか?
それは2つの理由が考えられます。
1つ目は、描かれたものが護符(ごふ)になるからです。
昔から珍獣・幻獣の姿を見ることで、除災招福のご利益が得られると考えられており、アマビエも同様に疫病除として描かれました。
アマビエは自分の姿を写して人に見せるようにと告げていますので、ご利益を得るために「書き写して人に見せる」ことが大事だと考えられたのです。
2つ目は、情報を得て広めるためです。
昔はテレビやインターネットはもちろん、新聞すらありませんでした。
人々は見たり聞いたりした様々な情報や噂を書き写すことで、他人に伝えることができたのです。
このことから現代では新型コロナウイルスの終息を願って、SNSやメディアを通じてアマビエの姿が拡散されていきました。
手段は異なりますが、「自然の脅威や流行り病に対して、何か少しでも力があるものにすがりたい」という想いは昔も今も変わらないということですね。
アマビエと似た名前で、3本足の猿のような姿をした『アマビコ』という妖怪がいます。
アマビコの刷り物は数例あり、名前も「あま彦」「天彦」「天日子」など当て字の種類が多く、現れる場所や立地条件、姿かたちもさまざまです。
アマビエの文献が1つに対してアマビコの伝承は各地で見られるため、「アマビコ」を「アマビエ」と書き間違えたのではないか、という説もあります。
しかし、事実はわかっていません。
また、アマビエやアマビコの他にも、疫病除けのご利益があるとされる『鍾馗(しょうき)様』という神様がいます。
鍾馗様については『鍾馗(しょうき)様とは?鍾馗様の伝説や飾り方をご紹介!』で詳しくご紹介していますので、ぜひご覧くださいね。
虚空蔵堂の裏手にも鐘馗霊神堂があり、お堂の中には鐘馗霊神の絵馬が祀られています。
延宝三年(1675)に伝染病が大流行した時、鐘馗霊神の絵を奉納したところ、大流行が治まったと伝えられ、今も多くの人が参拝しています。
●アマビエとは日本に伝わる妖怪で、長髪でくちばしがあり、うろこのついた身体から3本の足が生えた姿をしています。
アマビエを写した絵には、疫病除けのご利益があるとされています。
●弘化3年(1846年)、肥後(熊本県)の海中に毎夜のように光るものが現れるので、役人が見に行くとアマビエと名乗る怪物が現れます。
「今年から6年間は豊作が続くが、病も流行するので自分の姿を写して人々に見せるように」と告げて海中に消えた、と。
この伝説からアマビエには疫病除けのご利益があるとされています。
●護符の機能と情報を広めるために、人々はアマビエの姿を書き写したと考えられています。
現代でも、新型コロナウイルスの終息祈願と情報拡散のためSNSやメディアを通じて広まっていきました。
●アマビエの名前の由来は、似た名前で3本足の猿のような姿をした『アマビコ』という妖怪がいます。
「アマビコ」を「アマビエ」と書き間違えたという説があります。
茨城県の村松山虚空蔵堂は、平安時代に空海(弘法大師)によって創建された寺院です。
当山本堂の裏手には鐘馗霊神堂があり、お堂の中には鐘馗霊神の絵馬が祀られています。
延宝三年(1675)に伝染病が大流行した時、鐘馗霊神の絵を奉納したところ、大流行が治まったと伝えられ、今も多くの人が参拝しています。