村松虚空蔵尊だより
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2020年07月30日
こんにちは!茨城県の村松山虚空蔵堂です。
みなさんは『鍾馗(しょうき)様』をご存じですか?
端午の節句で五月人形として飾られたり、旗や凧、掛け軸、さらには屋根の上に鍾馗様の像をのせる地域もあります。
大きな眼と長いひげをたくわえた姿が印象的な鍾馗様には、どのようなご利益があるのでしょうか?
今回は鍾馗様の由来やご利益、飾り方について詳しくご紹介します。
鍾馗(しょうき)様とは中国に伝わる道教系の神様のことで、日本では平安末期から信仰がみられます。
図像を飾ることで疫病除け・魔除けの効果があるとされ、掛け軸や旗などにその姿が描かれていることが多いです。
虚空蔵堂の裏手にも鍾馗霊神堂があり、お堂の中には鍾馗霊神の絵馬が祀られています。
延宝三年(1675)に伝染病が大流行した時、鍾馗霊神の絵を奉納したところ、大流行が治まったと伝えられ、今も多くの人が参拝しています。
戦国時代には『鍾馗(しょうき)=勝機』の音が同じで縁起が良いとされ、旗印や陣羽織に鍾馗様を描いてげんを担いだ武将もいました。
また、鍾馗様は家を守ったり無病息災を願う意味以外にも、学業成就の神様として知られています。
鍾馗(しょうき)様が祀られるようになった理由に、次のような伝説があります。
唐の時代に終南山という地に住んでいた青年鍾馗が、高級官吏になるため科挙(試験)を受けました。
鍾馗は1番で合格して「状元」の称号を受けたのですが、大きな体とひげ面で人相が悪かったため、皇帝の玄宗は鍾馗を恐れて称号を取り消します。
そのことに絶望し、鍾馗は自殺してしまいます。
その後玄宗はマラリアにかかり高熱のなか夢で小鬼に苦しめられるのですが、そこに大鬼が現れ、あっという間に小鬼たちを退治したのです。
助けてくれた大鬼に「お前は誰だ」と尋ねると、「鍾馗だ」と名乗ります。
「自分は科挙に落第したことで自殺したが手厚く葬ってもらったので、その恩に報いるため天下の災いを除くことを誓いにたてた」と。
その後夢から覚めた玄宗は病気が全快したことに気付き、急いで画家に夢に出た鍾馗を描かせます。
マラリア(疫病)から救ったこと、科挙に合格したことから、鍾馗様は疫病除け・学業成就のご利益がある神様として祀られるようになったのです。
鍾馗(しょうき)様は学業成就や魔除けの目的で、五月人形や掛け軸として室内に飾ります。
これは関東地方に見られる飾り方で、近畿地方では屋根の上に飾ります。
なぜ屋根の上に飾られるのか?
それには、こんないわれがあるのです。
昔、京都の三条で薬屋が立派な鬼瓦をふいたところ、向かいに住む奥さんが病に倒れてしまいました。
なぜ病になったのか調べると、薬屋の鬼瓦によって跳ね返った悪いものが向かいの家に入ってくることが原因だとわかりました。
そこで、鬼より強い鍾馗様の像を伏見の瓦屋に作らせ屋根に据えたところ、病が完治したのです。
この飾り方は京都を中心に広まったのですが、これは向かいの家が鍾馗様を据えると何も言わず同じように自分の家にも鍾馗様を据えるという、京都人の性格も関係したようです。
ちなみに向かいの家が鬼瓦の場合は鍾馗様を正面に据えますが、鍾馗様の場合はお互い睨み合いにならないよう目線をはずして据えます。
他にも鍾馗様の睨みを笑い飛ばすという意味で「おたふく」を据える場合もあります。
鍾馗様には強力な魔除けの力があるんですね。
●鍾馗(しょうき)様とは中国に伝わる道教系の神様のことで、日本では平安末期から信仰がみられます。
図像を飾ることで疫病除け・魔除け・学業成就の効果があるとされており、掛け軸や旗などにその姿が描かれています。
戦国時代には「鍾馗(しょうき)=勝機」の音が同じで縁起が良いとされ、旗印や陣羽織に鍾馗様を描いてげんを担いだ武将もいました。
●唐の時代に皇帝の玄宗はマラリアにかかって高熱のなか夢で小鬼に苦しめられますが、鍾馗によって助けられます。
その後夢から覚めた玄宗は病気が全快したことに気付き、急いで画家に夢に出た鍾馗を描かせます。
このような伝説があり、鍾馗様には疫病除け・学業成就のご利益があるとされています。
●関東地方では鍾馗様を五月人形や掛け軸として室内に飾りますが、近畿地方では屋根の上に飾ります。
昔、京都の三条で薬屋が立派な鬼瓦をふいたところ、鬼瓦によって跳ね返った悪いものが向かいの家に入り、そこに住む奥さんが病に倒れてしまいました。
そこで鍾馗様の像を屋根に据えたところ病が完治したことから、特に京都では屋根に鍾馗様の像を据える家が多いのです。
茨城県の村松山虚空蔵堂は、平安時代に空海(弘法大師)によって創建された寺院です。
当山本堂の裏手には鍾馗霊神堂があり、お堂の中には鍾馗霊神の絵馬が祀られています。
延宝三年(1675)に伝染病が大流行した時、鍾馗霊神の絵を奉納したところ、大流行が治まったと伝えられ、今も多くの人が参拝しています。